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「東洋の奇跡」と呼ばれた、悲運のピアニスト [音楽]





こんにちは。


18歳の時上京した。
ただ芸術などに接する機会には程遠く、
演奏を聴く機会はラジオのみだった。
そのラジオで聴いたのが田中希代子さ
んのピアノだった。大変癒された。


大学受験に失敗してから原宿(当時は
大いなる田舎だった)のしもた屋に下
宿して、代々木の予備校に通っていた
時代で楽しみはラジオだけ。
当然ながら勉強漬け、ピアノは勉強の
妨げにならない。


首尾よく大学生となったが、当時は学
園闘争の真っただ中、男が音楽をやる
ことが軟弱だと思われた時代だった。


それでも歌をやることになったのは、
ピアノに魅せられたかも知れない。
ただ自分で引くのは無理で歌になった
わけ。学生時代はギターを弾いていた。


ところで、田中希代子さん知っていま
すか。活躍期間が短く、今ではあまり
話題にならないピアニストですよね。



でも、当時の日本が誇る天才ピアニス
トだったんです。
1950年パリ国立高等音楽院に留学
したが結核にかかり療養しながらなん
と2年間で卒業試験に首席で合格とい
う才媛ぶり。


ジュネーブ国際コンクールで日本人初
の最高位賞受賞(1位無し2位2人の
内の一人)。国際ピアノコンクールで
の日本人初の入賞という快挙を遂げた。


ショパンコンクールで日本人として初
の10位入賞(この年は大混戦で2位
以下10位まで差のないレベルだった
そうだ)を果たして凱旋帰国した。


国内より海外で活躍し、明るい未来が
待っていたが膠原病という難病にかか
りわずか12年で引退した。
以後は教育者として生きることでピア
ノ界に貢献した世界的ピアニスト。


今でも海外では「東洋の奇跡」と呼ば
れるそうだ。
日本は主戦場でなく、活躍期間も12
年と短いためあまり話題にならないの
かも。


でも戦後史を飾る世界的天才ピアニスト
であることは間違いない。
音楽史にうずもれた存在なのが残念で
ならない。


晩年の演奏は膠原病の痛みでままなら
なかったという事情もあるだろうが。
それよりも、海外で受け入れられ、日
本ではさほど有名にならなかったのは
演奏スタイルの問題かもしれない。
私はピアノの専門家ではないのでわか
らないが・・・


演奏活動は積極的にこなしたが録音が
少なかったという事情もある。CD2
枚半分といわれる、少ない。
その大部分が演奏会や放送用音源だそ
うだ。


音源を聴いた限りでは中村紘子さんの
個性的な演奏スタイルにくらべ一見地
味だが、表現力においては数段優って
いるように思えるのだが。
素晴らしいピアニストなのは間違いな
い。


最近見直されてきて、復刻版が出てき
ているのはとても喜ばしいことだ。
当時の演奏をユーチューブで聴くこと
出来る。


動画でもわかるとうり、本当に柔らか
なタッチで大好きだ。
残念ながら、当時の録音技術では生の
演奏の再現は難しいが・・・


この天才ピアニストが忘れ去られるの
なくのちの世にも語り継がれることを
望みたい。



★演奏動画
  サン=サーンス. ピアノ協奏曲 
  第5番 エジプト風 第1楽章


 



★関連記事
  記事はかなり長くなります、
  ご興味のある方のみどうぞご覧を。


www.yo.rim.or.jp



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