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EKOコンサート、自信が・・・ [音楽]

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こんにちは。
歌のつばさのnaoka19です。


あと1か月、とうとう来てしまった。


8月25日のソロコンサートのパンフレット
も出来上がり、8月9日のピアニストとの
音合わせリハーサルの順番も決まった、


7月26日、山田先生のお宅で最終レッ
スンがあった。
レッスンはいつもと変わらず、やはり課題
が..。同問題点を指摘される。
それに今回は表現について指導を受けた。
コンサート対策だ。


まあ、コンサートは経過点だから。
今の内に直されるほうが良いのは当然だ。
でもね、やはり少し気が滅入る。なんたっ
て、後1か月だから。


しかも、聴衆は、合唱団仲間、音楽関係の知
人たちだ。要は専門家の端くれ!毎年聴いて
くれて批評してくれる、手強い相手。励みと
プレッシャー。殺されるわけではないけれどね。


さて、最初は「アルディラ」を歌うことにした。
カンツォーネにしては珍しく、声を張り高ら
かに歌う曲ではない。
ドラマチックな声の張り上げによる派手さは
ないだけに表現が難しいのなんの。


私が大学2年の時の「サンレモ音楽祭」の優
勝曲で、当時大ヒットした曲だが、当時はシ
ャンソンに嵌っていて、カンツォーネはスル
ーしていたので、あまり記憶がない。


歌詞の意味はヒロインの名前などではなく
「世界の果てまで君を愛している」という意
味だという。
でも映画ではヒロインは最後は失恋するこ
とになる悲恋物語なのだが・・・
映画はイタリア、アルプスの美しい風景が
たっぷり詰まった素晴らしい映画だったそ
うだ。一度見てみたいものだ。


イタリアの歌ってすぐわかる、悲しい曲でも
明るさがある。それを日本語で歌うのだが、
どうしても日本の歌みたいになってしまう。
イタリアを長調とすれば日本は短調かな。


アルディラを日本歌詞で歌ってみるとわかる
が、低めで後半部以外起伏がすくない。
語る必要があるのだが、日本詩が高尚すぎ
るのかも。情熱的というよりも美しい詩とい
う感じかな。


どの歌の日本語の訳詞は言葉は美しいが多分
にが抑制的だ。
例外はシャンソンだった、だから嵌った。
当時の日本の恋愛文化自体がオープンでな
かったからかな。


イタリアンやシャンソン原語では情熱的だものね。
ドイツリートは抑制的か?
アルデラはカンツォーネの雰囲気は持ってい
るがとても優しい調べの曲、意外に歌うのが
難しい。歌い方に工夫を要す。


後半は難しい大中恩の「秋のおみなよ」にした。
最初で失敗したら「立ち直れないもの・・・

メロディはソプラノ向き、何といっても詩が
幻想的テノール向きでないような気がして
きた。でも不思議な魅力があるので、
魅かれたのだ。


これ,自由奔放に歌えればと思う。
それにはピアニストを味方につけることが
絶対条件だよね。


今までのコンサートはピアニストのテンポ
に合わせて歌ってきた、でも今回は自分
で決めなければならない箇所が多い。


失敗なく歌うのは当然だが、今回はピアニ
ストとの連携に特に気を遣うことが成功のカ
ギとなる。いわば、私も楽器でピアノと合奏
する感覚でいったらいいのかな。
伴奏ピアニストとはもう3年のお付き合い、
理解力が早い人だから信用している。


でも上手く歌うためには、それでは不足だ。
いつもと同じでは平凡な歌になってしまう。
それこそ音楽的表現はどうすれば良いの
か教えてくれる曲と思う。
この曲を克服すれば、先が開けるかなと思う。



一年前選曲した時、先生は難しい曲ですね
といわれた。
レッスンで自分の実力以上の曲だということ
をい知らされているところ。
あ~あ選曲を間違えたかな~。
今回のチャレンジは蛮勇かも知れない。


でも責任は自分、上手くもまずくも自己
責任。頑張ってみよう。失敗しても得る
ことは必ずあるはずだ。
本番まで悶々としそうだが、この1か月
今年の後半戦の最初のヤマ、
最後の頑張りで乗り越えたいものだ。


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