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賛美歌「いつくしみ深き」に込められた思い出 [音楽]

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こんにちは。



賛美歌312番「慈しみ深き」は、文部省唱
歌など日本詩が付けられて、民謡扱いに親し
まれた曲である。



原曲は、コンヴァース作曲『Erie(エリー)』
で、歌詞はアイルランドのスクライヴェンに
よる『What a friend we have in Jesus』。
スクライヴェンはこの歌が世に出る前に溺死
したという。死後発表された曲。



自らの婚約者を事故と病気で2度とも失った
という悲惨な体験をした。愛する者を失い深
い悲しみに暮れるなかで、闘病生活をしてい
た母親を慰めるため、どんな絶望の中でもイ
エスを信頼する気持ちを詠ったという。



悲しみや困難が訪れたときに、イエス・キリ
ストはいつでも見守っていますよ。そういう
敬虔な思いが込められている歌。



賛美歌の思いはどうかな。でもこの曲は私が
歌好きになった原点の曲といえる。



足が悪く小学校時代はいじめにあっていた私
は中学1年の7月、京都大学病院で足を手術
をした。当時では、日本初の難病手術だった。



でも一流の先生の執刀にも拘らず、抗生物質
の効かない弱い菌にやられるという医療事故
の典型みたいな結末。アキレス切除という最
悪の結果になり、スポーツのできない体にな
ってしまった。絶望の極みにあった時期。



暑い京都での2か月の入院生活、冷房のない
時代京都は地獄だった。
70日で退院、9月から12月ほぼ半年の闘
病生活。松葉づえでバス通学。転んで肉離れ
で再入院、もう精神的にがたがた。



その時に転校してきた教会の同級生。英語が
堪能な女の子、英語が得意だった私は対抗意
識を持ったが歯が立たず。友人になった。
いやほのかな憧れを持ったのだったかな・・・



教会の集いに誘われ、教会の集会に参加し賛
美歌を歌った。片田舎の教会の雰囲気は、厳
粛ながら気さくで、神父の話しに癒されなが
ら歌う賛美歌は楽しかった。絶望の底から救
ってくれたというと大げさだろうか。。



友はいても孤独だった。一人ぼっちの私を癒
してくれた賛美歌。弱い人間はいじめられや
すい。でも信仰心があれば頼れるものがある
から人を強くすると思う。



キリスト教の信仰心と日本の神仏に対する信
仰心は別物だが。まあ敬虔さは変わらないだ
ろうけれど。



今のいじめ問題は本人の心の弱さにされてし
まうが、精神的に頼れるものがないわけだか
ら、孤独に耐えられず簡単に折れてしまう。
一人ぼっちにしないことが対策だね。



当時は、良い高校に入って、一流大学を目指
すパターン。迷っている暇はなかった。私は
闘病による勉強の遅れを取り返すのに必死で
、受験戦争勉強に巻き込まれて、大学卒業後
は企業戦士となり50年戦った。



結局信仰の道に進むことはなかったが今では
遥かな青春時代の思い出である。
その時、記憶に刻み込まれたのがこの歌。
当時の情景が切れ切れではあるがふっと脳裏
に浮かぶ。曲は勿論、歌詞も殆ど覚えてい
る。



高校は地域の名門校。ただスポーツ系の学校
で男子校、音楽は盛んといえなかったが、全
体の1割もいない女子を集めて、合唱を始め
た同級生がいて、不完全ながら混声合唱と出
会うことになる。その時16歳。



以来男声合唱には目もくれず、混声一筋で来
た。途中半世紀もの空白期間があったがそれ
を取り返すような勢いで歌っている。
なんだろうな、こんなに打ち込むとはね。す
ぐ飽きる性格なんだが。



今は良い師匠、友人に囲まれて恵まれている
、ほとんだが歌を介在した親交。みんな本当
に歌が好きだ。
それと多くの芸術家の皆さんとしりあった。
これは普通の人生ではありえない幸運だと思う。



性格も積極的になり高校、大学時代の友人、
元の会社時代の友人、ブロ友さんとの交流
も増えてきた。日常生活も忙しく少なくても
孤独老人とは言えない。それも歌のお蔭だ
よなぁ。



そしていつ歌が好きになったろうと考える時
浮かぶのは、この曲「いつしみ深き」である。



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