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「忘れじの曲」(コールメロディオン第56回定期演奏会に寄す…2) [合唱]

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(56回定演パンフレット)


こんにちは。


(前回のつづき・・・)


コールメロディオンの第56回定期演奏会
は素晴らしかった。
私も合唱団員だが、もう彼らの清冽な声
は出せない。本当に羨ましい。
演奏後のレセプションに参加して、
彼らの若さに圧倒され、元気をもらった。
わたしも、歌える限りは頑張ろうと思う。


今や自他共に認められた合唱団。国際交流に
も貢献している。実力はピカ一と思う。
これからも元気よく、100年を目指して
歌い続けてほしい。



~~~~~~~~~~~~~~~~~

新人が半数以上を占めるアンバランスな合
唱団。期待して入ってきたのに、失望して
退団しないか、ガラガラと崩れはしないか
心配だった。それには演奏会を無事に開く、
これしか頭になかった。


常任指揮者の草野先生の功績は大きい。ボイ
トレもピアニストもいない団だから全ては先
生頼り。先生はもう亡くなられてしまったが
大恩人である。本当に足を向けては寝られな
い。


学生合唱団は縦の世界だ。4年生は就職活動
で頼れない。3年生が運営する。100名の
団の運営を4、5人でやる、とても無理だ!
2年生もいれての団の運営だった。


女子大と男子大の連携、当時としては異例
だ、周囲からは厳しい目で見られた。
不祥事は起こせない。我々運営する側はピ
リピリしてた。行動には本当に気を遣った。


結果、後輩達を守ることにつながったと思っ
ている。それにしても両校の顧問、アドバイ
ザーの先生方のご苦労は大変なものだったな
と思う。


当時の1,2年生は仲が良い、今も良く集ま
っている。それ以下の学年も同じ。
ただ私の当時の仲間は四散し、2,3人を除
き交流もない。真二つに割れたのはわれわれ
学年だったからかな。


一体我々はなんだったろうか、なんか釈然と
しない気分もある・・・被害者?燃え尽きた
?いやいや、単に不器用だっただけなんだろ
うね。まあ、あの時の苦労が今報われている
のだから良しとしよう。


女子大との運営は対等な関係だった。手さぐ
りの運営で議論・議論、衝突の連続だった。
ほのぼのムードなどはとんでもなかった。


みな真剣で、こういうときは大体男性は言い
負かされる。(負け惜しみでなく)
演奏会の運営など男性は全く不得意だし、歌
の実力でも負けていたからね。


4年間を一生懸命にやって66年。歌をやっ
ていて本当に良かったと思う。


第1回演奏会のクライマックスはハレルヤコ
ーラスだった。
今も私の愛唱歌、忘れじの曲・・・
舞台は暗転して、送り出しソングを歌う、後
輩に無事に引き渡すことができた安堵感。
今も思い出す、あの時の涙。






ハレルヤコーラスをアップした。大好きな曲。
今でもほぼ暗譜で歌えます。




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「結団から合宿まで」(コールメロディオン第6回演奏会に寄す…1) [合唱]

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(コールメロディオン第56回演奏会会場)


こんにちは。


学生時代お世話になった、混声合唱団慶応義
熟大学・日本女子大学コールメロディオンの
第56会定期演奏会が、大田区民ホール・ア
プリコ大ホールで開催される。
私も聴きにいくのだが・・・


楽譜を整理していたら、コールメロディオン
の第1回定期演奏会のプログラムが出てき
た。とても懐かしい。
今回56回の始まり、記念すべき第一回。
当時を振り返ってみたいと思う。


少し長くなるので、1部2部に分けました。
興味ある方は2部もお読みください。


第一回定期演奏会は私が大学3年の時。
1962年12月16日、
会場は銀座ヤマハホールで行われた。
アカペラ、ピアノ伴奏、慶応マンドリンクラ
ブの応援出演を得て当時としては、豪華な
編成だった。

当日の曲目を紹介しよう。
結構意欲的なプログラムでしょう。


★4つのマドリガル(津川主一訳詞・アカペ
ラ)
★日本童謡集(中村義光編曲・アカペラ)
★外国民謡集(ピアノ伴奏)
★宗教音楽史(ハレルヤコーラス他)(ピア
ノ伴奏)
★美しき青きドナウ他(マンドリンクラブと
のジョイント)

主催:慶応義塾大学・日本女子大学コールメ
ロディオン
指揮者:草野剛(初代常任指揮者)
ピアノ:清水和子
賛助出演:慶応義塾マンドリンクラブ
出演者は何と100名とある。


今の時代では、特別編成でなければなかなか
集まらない多さ。


でも大学の名の知れた合唱団なら、当時は当
たり前の人数。しかも男女のバランスは、女
声40人男声60人(内バスが40)なんと
男声の多いことに驚く。


当時は男声合唱全盛時代、その影響もあった
かも知れない。今は完全に女声がリードして
いる時代だけれどもね。


1961年の分裂騒ぎで慶応側の団員は半分
以下となってのスタート。女子大は全員新規
部員。ただ、当時名のしれた女子大合唱団
出身の猛者がいた。男子より数段上の実力だ
ったと思う。


分裂騒ぎは技術追及か、親睦優先かで議論が
おき、提携先を変える話になり多数決で方向
を決めたためだ。
演奏会の直前に解団に動いた人がいて信頼関
係が崩れた。方向を多数決できめたのも非常
にまずかった。
反対の人はともかくグレーの人も反発し,ま
さに真っ二つに分裂した。


今まで仲良くやっていた仲間は四散。今も付
き合いもない、とても悲しく思う。
団を混乱に陥れた張本人はその後顔を見せな
くなった。無責任男の典型だと今も恨めしい。


1962年、新宿「聚楽」で新年会兼ねた結団
式。春合宿を経て。新生コルメロが誕生した。
開けて新学期、大層苦労したのは、結局3年
になった我々学年だった。冗談だが、損害賠
償を請求したいぐらいだ。


気にせずひたすらにやってはいたが苦労の連
続。部活動は無償奉仕だからね。学業との兼
ね合いもある。


いつ潰れても可笑しくない状態だったといえる。
力尽きて退団した仲間たちもいる。多数決で
は絶対解決しない問題があることを学んだ時
代でもあった。


後輩は団の実力、運営に大層疑問に思ったら
しい。相当激しい突き上げを食らった。今と
なっては笑い話も当時は真剣そのもの。


猪苗代での合宿は徹夜の話し合い。翌日の練
習では、立ったまま眠る離れ業!!(できる
んだよね~これが)


合宿は大層重要な意味をもった。放置したら
団員の中での不信感が広がり、練習意欲に問
題が出ただろう。
でも合宿を契機に一体感が出て、演奏会を目
指すことになる。やはり話し合いは無駄では
なかった。それこそ全員参加の団運営だった
といえる。


問題は解決するためにそこにある。解決すれ
が次の問題が起こる、また解決に動く。こう
やって団を高みへと押し上げてゆく。
3,4年もたつとまるで違う合唱団となる。
66年はその積み重ね。上手くなるのは当た
り前かな。


(2)に続く・・・



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